昼下がりのジョージ

昨日 某ファミレスで初めて会った りゅうた君。


今時の若者特有のけだるい口調もけだるい仕草も、場所と時間さえ間違えなかったらきっと彼の行動は十二分に魅力的に見えたと思うの。



けど、ここはファミレス。時間はお昼の3時過ぎ。


席に着く私に一瞥を投げかけるも足早に立ち去るりゅうた君。年上の私に対して彼は彼なりに駆け引きを試みたのかもしれないけど、大人な私の目には彼のその態度は職務怠慢として映ったとしても、彼の若さゆえの過ちとして寛大に受け止めましたのよ。
そして更にね、食べたい料理が決まって彼を呼んだ時、彼がそれを無視してお隣のテーブルにオーダーを取りに行ってしまっても彼が「しばらくお待ちください」の接客マニュアルをひと言口にしてくれたから、ほら私おとなだから笑って許したのよ。
なのに



彼はお隣のオーダーを聞きそれですっかり安心したのか、そのまま向かいのテーブルの片づけに取りかかってしまったの。彼の「少しお待ちを〜」はお隣のオーダーを聞き、次のテーブルをキレイに掃除しお客の受け入れ準備をし、その完了ののち私のところにやってくるって段取りだったのかしら・・・。
ええっ・ほら私おとなだから待つ事には慣れてますのよ。
けどね・こういうところに来る時って大概は生命の存続維持のための食料確保が目的でしょう。
そうそう待ってられないってことも分かってもらえますわよね。


テーブルを片づけている彼には申し訳ないけど、私はもう1回ベルを押してみたの。声が届く距離にいる彼に直接声をかける勇気がなかったのね・・・・。
いえ・それは少し違うわね。きっと彼を困られせてみたかったのかもしれない。
彼はびっくりしたようにぴょんと跳ねるとくるっと向きを変えて私のテーブルに来てくれたわ。
私はなんだか少し悪い事をしたような気がして、彼の顔を見る事が出来ず視線はメニューに落としたまま彼のひと言を待っていましたの。



長い沈黙が続きましたわ。
なぜ彼は黙っているのかしら・・・・。
大人な私の方から誘ってしまったから、私が先に話すべきなのかしら・・・。
けど、どのタイミングで切り出せばいいの・・・。
あぁ・・どうしたらいいの・・・。
お願いその一言を・・・・・・「ご注文はお決まりですか?」と・・・。



とうとうその沈黙に耐え切れなくなった私は彼に「これをお願いしたいの」と指さしてオーダーを取っていただきましたのよ。
ええ・そうですわね。世間一般ではお客様は神様ですわよね。けど、ほら彼は若いから世間の常識を語るにはまだまだこどもなんだわね。



私はやっとここにきて思わず安堵の溜め息をもらしてしまっても、決して責められる事ではありませんわよね。
後は彼の(が・運んでくる)メインディッシュを頂くだけだわ。
そして待つ事数分・・・。
やっと生命維持の食料を前にちょっとばっかり私とした事が彼の存在を忘れておりましたの。
彼が相変わらず無言のまま立ち尽くし、けど少し動揺した素振りにも気付かずそこにいることを・・。



けど、ほら私おとなだから、すぐに彼の異変に気が付いたことはご察知の通りですわよ。
見上げた彼の顔には困惑と判断に尽きかねる表情が見て取れましたの。
「どうしたのかしら」と思う間もなく、彼はおもむろにバターナイフを私の目の前に突きだしましたのよ。
そうですわね。私が頼んだ料理にはお肉と野菜とパンが付いていましたからバターナイフは必要ですわよね。
でもね、もっと大切なものがそのテーブルには揃っていなかったんだわ。
世の中の酸いも甘いも噛みしめて生きて来た大人な私だけど、バターナイフだけでお肉やサラダはいただけませんわ。
きっと彼も私が気付くのと同じ速さで自分の失態に気が付いたんだわ。
けれど、踵を返して取りに戻るにはバターナイフが邪魔になったってことなんだわ。
鼻先に突きつけられたそのナイフに、ペーパーナプキンが添えられていた事がせめてもの彼の優しさだと知り、私はそれを両手で押し戴きましたのよ。



私はそのナプキンの上にナイフを置こうとして気が付きましたわ。
「これって・・・伝票じゃないの・・・」
彼は優しさの方向性を少しばかり間違えてしまったんだわ。本来伝票はそっとテーブルの隅っこに置くべきであって、ナイフと一緒に手渡しすべきものではないのよ。
ええ・ほら私大人だから・・・・そんな彼のこれまでの行動にも大きく深呼吸をひとつして笑顔で受け流しましたの。


彼はそれまでのけだるい態度を一瞬だけ改め、厨房まで目的の物を取りに駆けていきましたわ。
「あら・やればできるのにどうしてああもやる気の無い態度で私に辛く当たるのかしら・・・」



私がここに来て紆余曲折を経て本体の目的に辿り着くまでに、こんなにいろんな事を考えたことがこれまでにあったかしら・・・。
ええ・運ばれてきたお料理は美味しそうでしたわ。

お昼の3時過ぎ・・。
私以外には2組しかいないお客、店内はそれなりに静かでBGMが心地よかったから、私はゆっくりと頂こうと思いましたのよ。
けど・最後まで彼の存在は私を捉えて離さなかったわ。
私の食事の準備を終えた時から、彼の拘束されていた若者としての本来の素顔が解き放たれたのか、同じようにお客のいない手持無沙汰の熟年おばさま方とそれは楽しそうにおしゃべりを始めましたの。



先ほどまでのけだるい彼からは想像できない程の生き生きとしたそのお話しぶりに、思わず2度見をしてしまった私ですが、静かな店内、聞きたくて聞いたのではなく勝手に聞こえてきたんですわ。
ええ・いいんですのよ。そんなことは気にもならない大人なんですもの。
と・さすがにこの時は少しばかりの努力は致しましたわ。



私がこの先このファミレスで彼に会うことはもう2度とないと思うの。
彼がこの先どんなドラマチックなバイト人生を歩んで行くのか、私には分からないし、知る術もないわね。



でもね・りゅうた君
働くってことはそれなりに厳しい事だと思うのね。
あなたのその職務放棄したような態度も、やる気の無さもすべてが若さゆえの過ちだとして、それをたとえ店長は許したとしても世間一般には通用しない甘さだと早く気が付いて欲しいわ。


昨日あなたに会えて私は、久しぶりに現代社会に生きる若者について思い馳せながら真剣にこのにっぽんの行く末を案じましたわ。
大人な私にはそれを見届けることなくお先にさよならだけど・・・・


だけど・

今のりゅうた君
君にだけはこのにっぽんの未来は
任せられないわよ!!