おとめに歴史あり

私の手元にある「宝塚おとめ」は06年版と08年版の2つのみだ。
06年版は和央さんが載っていたからで、08年版は言わずもがな、表紙が「安蘭けい」さまだったからだ。


ジェンヌさまのお名前は多少変わった名が多いから、これを見ないと漢字が書けないときがある。読めても変換してくれない漢字も多くて、困ったもんだ〜と溜め息をつく場面が結構あるのだ。


「宝塚」の漢字でさえ、「タカら塚」に変換される。なぜ1文字で「たから」と出ないのか不思議でしょうがない。
とうこさまに至っては「あらん」と一度に入れようものなら「有らん」と、とんでもない意味合いに変換されてしまう。


うちのPCの出来が悪いのか、私との相性が悪いのか、この際両方なのだろうと薄々は分かっているが、とりあえずの頼みの綱の1台こっきりのPCさまだから、ご機嫌を損ねないようありがたく使わせてもらっている。

まあ 名前の変換にはケッコー気を遣うのだが…。 



で、06年版をよく見るのだが、(08年版はとうこさまだから、汚しちゃまずいからね)星組に限っても、もう当時の生徒さんが今はほとんどいない。もちろん上級生に多いが、この時研1や研2の生徒さんも退団していたりする。


宝塚は、こうやって新陳代謝を繰り返して今日までの歴史を創り上げてきたわけだが、一抹の寂しさを感じてしまう。


なんとなく眺めていても「ああ〜この人はまだまだ居て欲しかったな」と思わずにはいられない人が多くて、そう思うほど、とうこちゃんのようにトップになって退団した人は、本当に幸せだったんだろうな、と改めて思った。


もちろん、ご自身が決められたその時期が、その人にとって1番幸福な時であったであろうことは、千秋楽のご挨拶でよく分かるが、トップさんのファンにはゴールの時期が決められたコースを一緒に走れる時間がある。


おとめを見ていたら、昨日がとうこさま「退団発表」のお知らせがあった日だということを思い出した。
なんだか、随分昔のような、でもついこの間の事のような・・。
あの時の悲しみは今でも覚えている。
が、今のとうこさまを見ていると、全てはここに繋がるためにあったんだなあ、と思える。



男役から女優に変身していく様を一喜一憂しながら見てきたが、今こんなに落ち着いた気持ちになれたのも あの日があったからだろうな。



と、風に揺れるコスモスを見ながら、思いました。







  コスモスねぇ〜・・・どこにあるの?